以前にお袖のお直しについて書きました(^^)
参照記事はコチラ ↓
そこにも書きましたが、高級志向ブランドのセットアップ(スーツ)のジャケットに多い【本切羽(ほんせっぱ)=本開き】という仕上げのお袖があります。
ボタンを外すとペラっと捲れるお袖です。
なぜ本切羽という袖があるの?
そもそもの話ですね。
メンズに多い価値観かと勝手に思っていますが、ジャケットの袖は本切羽が高級である、本物である・・・という話、聞いたことありますか?
本切羽は英語で「surgeon’s cuffs」と言います。【surgeon’s :外科医の cuffs:袖口】です。元来、ジャケットを着て手術に当たっていた外科医が手術の際に袖をめくり易いように考案されたものと言われています。
お洋服って面白くて、今では誰も考えつかない様な発想、目的で生まれたデザインは多いんですよ。
例えば「ラグランスリーブ」があります。
脇、肩周りの締め付けが少なくて着易い♪なんて言いますが、元来は「怪我をした兵士に処置を施す際、袖を千切って脱がせ易いように」考えられたものだったりします。
さて、話を戻します。
本切羽がなぜ高級か。たしかに、作りは複雑ですので手間は掛かりそうです。諸説ありますが、その昔イタリアのテーラー職人がライバルであるイギリスの仕立て屋との差別化として「本切羽こそが本物の証である」と謳ったのが初めではないかと言われています。
本切羽=格上の仕上げ
というわけですね!
本切羽が既製品に採用されるワケを勝手に解釈すると
そんな本切羽ですから、確かに着る人の満足度が高い場合もあると思います。ですので、ことオーダーで作り込む場合には本切羽で…という事は納得できます。ですが、既製服の場合はどうでしょうか。腕の長さや好きな袖の長さは人それぞれ。着る人に合わせて、お袖を直す場合がありますよね。
既製のジャケット袖は少し長めに作られている事が多い…。
私たちは、既製服は全て未完成品だと考えています。着る人に合って初めて完成品です。
そんなこともあって、既製服に本切羽を採用するのは、着る人の事を考えずに作り手と売り手の満足で完結している???と思ってしまいます。
なぜそんな風に思うのか。
改めて、本切羽を既製品として提案する難しさを、お直しの面から書いてみることでお伝えしたいと思います。
本切羽の袖丈直しが困難な理由
冒頭にリンクを張りましたお袖直しの記事にも書きましたが、お袖直しには「袖口」と「肩口」の両方でのやり方があります。袖口に複雑なデザインがある場合は、肩口で直すのがセオリーです。
次の画像をご覧ください。
お袖は肩口から袖口に掛けて短くなっているのが基本です。画像の「⇔」マークはおなじ長さにしていますので分かって頂きやすいかと思います。
つまり、肩口をバラして袖を短くして付け直すという事は、肩口は狭くなります。過去の事例から言って、肩口で袖丈を5cmも詰めると着心地がかなりキツくなります。下手すると腕が上がりません。
私たちは、肩口を触る場合は2~3cmまでを推奨します。それでも肩回りは元の状態よりキツく感じると思います。そんなに拘りが無いなら、我慢して着る方が良いかもしれません…。
次に、袖口で直す場合です。・・・が、本切羽を袖口で直すのはほぼ不可能です。なぜそう言い切れるか。先ずは本切羽の作りを見てみましょう。
このボタンを外すと
この様になっています。
ボタンホールの裏側にも表生地が返してありますね(裏地はグレーの部分です)。短くするという事は、この部分も作り直さなければなりません。しかし…
その部分の生地は指で押さえた辺りまでしかなく、つまり、それ以上は上げられないという事なんです。ちょっと説明が分かり難いですかね(^^;
お袖を短くしたうえで、上の画像の様に仕上げる事が出来ないのです。物理的に生地が無いんです。
結局のところ、本切羽を袖口で直そうと思えば、上側のボタンホール部分までを内側に織り込む形にして本切羽でも開き見せでもなく、ただの筒状の袖口にしかなりません。
赤い線より下ですと、今度は開いた穴(ボタンホール)が邪魔します。希望より短くなりすぎても、赤い線までは切らなくてはいけない。
…そうなると、
高い工賃で、しかも高級だと謳うための本切羽で作り込まれた意味は一体どこに? です。買う人は何にお金を払うのでしょう。
う~ん。
どうにかできないの?
本切羽のお袖直し、どうにかしてできないの?というお問い合わせは、弊店のようなお店でも年に何件かいただきます。
私たちもベテラン内職のお直しさんや、町のプロのお直し専門店さんにも相談しますが、100%で「不可能」というお返事を頂きます。
そこで今回、製造元の工場さんに対応して頂く形で、本切羽の袖丈直しについて依頼を掛けています。先ずは、まだ同じ生地を持っていて下さっているかがネックですが、その上で出来るのか出来ないのか。そして費用はどのくらいかかるのか。
袖を作り変えるようなことになれば、端からオーダーで作るのとトータルでみて変わらないかも…。弊店も勉強代だと思って、この連休前に商品を送ってみました。
結果についてはまた追記していきます。
【2018/11/26 追記】
結果発表いたします!
…本切羽のままで袖口を直すことは不可能でした。
金額ではなく、やはり物理的に不可能でした。縫製工場さま、大阪市内の老舗仕立て屋さま、お付き合いいただき、ありがとうございましたm(_ _)m
お洋服の「良さ」って誰が決めるのか
というわけで、既製品に本切羽を採用すると、腕の長さが合わない場合、どうしようもないという事がお分かりいただけたかと思います。
何度も書きますが、幾らカッコよく高級に仕上がったお洋服でも、着る人が納得して喜んで下さって初めて良いお洋服と言える。もちろん、作り手には作り手の信念があり、それはそれで大切にして頂きたいとも思っております。
袖の作りに限らず、作る(売る)人と着る人とのギャップを色々な所で感じます。当然、色々と偉そうに書いている私たちもお客様とのギャップをたくさん抱えています・・・。
でも、それを一つ一つクリアしていくことが大切だと、解っているつもりです(^^
私たち小売店は、作る人と着る人の間に立つフィルター役です。こういう現状があるという事も発信しておかないといけません。もしかすると、お直しの事まで考えた本切羽を企画して下さる、そんな奇特なメーカーさんがあるかもしれませんね(笑)
そうか!本切羽以外は本物じゃないんだ!
という人は増えそうにないですが(^^;
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